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  1. 所沢市役所 ・所沢市の債務残高は1000億円(0)
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RIP 内田正人さん

 投稿者:小山潔  投稿日:2019年 2月18日(月)11時55分30秒
  あの艶やかなファルセットボイス、大好きでした。あのドゥアッフ名曲は永遠に不滅です。歴史あるビルボードR&Bチャート48位は日本のミュージシャンとして誇りです。
ご冥福を祈ります。
 
 

ちょっとすごいよこの子たち

 投稿者:m. haggie  投稿日:2019年 2月18日(月)09時15分53秒
  https://youtu.be/fB8UTheTR7s  

オポチュニティ

 投稿者:NobbyTack  投稿日:2019年 2月14日(木)15時45分25秒
  大好きな曲と同名。
https://www.cnn.co.jp/fringe/35132720.html
キュリオシティが今は亡きオポチュニティに「別れの詩」を贈った。中国のインサイトは中国人26万人の「名」を搭載している。オデッセイ以来、人工衛星には「夢」がある。確か「影」に入り込んで太陽電池への充電が出来なくなったからと記憶している。。RIP。
 

忘れ物

 投稿者:ghee  投稿日:2019年 2月14日(木)10時33分16秒
  会社に入って3年目の頃、会社帰りにジムへ行き、帰りの地下鉄の網棚にジムグッズを入れたバッグを置き忘れた。シューズは少し惜しかったが濡れた海パンを引き取りに行くのが恥ずかしくて探すことはしなかった。同じ頃、会社がお茶の水だったので昼休みにブルース・コバーンの「Dancing in the Dragon’s Jaws」を買った。会社を出る時に同期の女子社員が「何を買ったの?」と聞いてきたのでディスクユニオンの袋から取り出してジャケットを見せたら「かわいい」と言ってくれた。でも地下鉄の網棚に置き忘れた。自分へのペナルティとして探すことはしなかった。改めてアルバムを買うこともなく聞くこともなく40年が経とうとしている。あれ以来、地下鉄や在来線の網棚に手荷物を置いたことは一度も無い。今でも「Dragon」のカラフルなイモ虫を見るとちょっと心が痛む。「Salt~」を聞いていたらそんな事を想い出した。
 

補い

 投稿者:NobbyTack  投稿日:2019年 2月12日(火)07時46分7秒
  皆川の「夕張」にはBruceCocburnのOne day I walkが色濃い。’「靴の輝きを観てた」と言う表現に。。  

寄せて

 投稿者:NobbyTack  投稿日:2019年 2月12日(火)07時36分57秒
編集済
  先の「夕張めろん」に寄せて。仕事へ行く支度の時にupした。通勤途中に色々思った。
「キツイんだよ~」の柏とY本を入部まもなく家に呼びLeonRusselの「a Song for you」と早川義男の「サルビアの花」を聴かせた。なんと!3人でbandと言う事を考えもした。Y本が「ヘェ~」とした感心しか示さぬ様に、突然柏が怒り「お前!サルビアの花がどう言う意味か分かってんのかよう!」と声を荒げた。此の2曲は作者が「提供」をし、ヒットした後に「自演」したモノで、僕としては「作家」の「もう一つ言いたかったこと」が込められた自演に「曲作り」の荘厳を感じて貰えれば。。のツモリがあった。柏も「故郷」を歌った曲を作った。駅を降りる時「ポケットに小石をいっぱい」詰めて、野犬を追い払いながら帰った、と言う道も開発が進んで「田舎が田舎ではなくなる様」を歌詞にした。「思い」は小石同様「いっぱい」詰まっていた。「夕張めろん」を聴いたのは、中野サンプラザで催した、最初の同窓会だった。ちょっと「シビれ」しばらく曲作りから離れていた僕には衝撃だった。イントロ、主メロディそして歌詞と「バランスの塊」は傑作と呼べた。幸いにも当時のハンディカムで録画して「ふっと」引っかかる言葉を探した。「小さなタネひとつ抱え」と言う其の表現はカボチャより「小さなタネ」に「実は抱えきれぬほどの思い」を込め「寂れ行く」夕張にも、また人は溢れるほどにせよ「通り過ぎて行くだけ」の「心の漂泊」を見事に表していた。そんな皆川が僕の言葉を褒めてくれたことがある。T原&K子さんの曲に「補詞」させて頂き「木の葉の重なる音を数え、雨の粒のひとつに名前を付ける」と言うモノだ。僕の言葉はRock的で(音楽性より心情で)Dylanの人情もヘッタクレも無い「侮蔑ソング」Like a Rolling Stoneの様に、一度は有名を馳せ栄華を極めた人間が落ちぶれ「残飯を食え」の「世界」に居て(あくまで言葉が)「社会」と自身を決して「馴染めぬ」スタートラインに在る処から「発想」するのに比し、皆川のソレは強大強力な、しかも「絶対的存在」として在る都市社会と時間に「はじき出される自分」を歌う。そして僕は「何方にも」行きつ戻りつを繰り返し「作家」としての極みを「詞とは愛から最も遠い行為」だと知りつつ「結果」愛を求める詞を創作してしまう。。「風ぐるま」の歌詞はどんな意味?とE同様に「ゴースト化した」S藤から訊かれた。「意味など無い」と僕は答えた。「独り歩き」をさせ、もう半世紀にも為る「言葉」だ。ペアで作った「真っ赤」をテーマとした言葉にヒントを込めた「偶成」も、また彼との「合作」だった。
 

名曲

 投稿者:NobbyTack  投稿日:2019年 2月12日(火)05時23分40秒
  よしだよしこさん。
「夕張めろん」https://youtu.be/6YvlKmfV7E4
 

昔の友人

 投稿者:Stephen M  投稿日:2019年 2月11日(月)14時52分52秒
  最近小学校から高校までの同期会や同窓会が頻繁にある。直ぐ顔の判別がつき「何々君、何々さん」とわかる人もいれば、声をかけられても「あんた誰?」と最後までわからぬ人もいる。

体型や髪の毛があるなし(特に男性)で、よくもこんなに変わったものだと思われる人もいる。

あまり目立たなかった女性が、晩年美人になってしまい「あれ誰? あれ誰?」と言って走り回る輩もいる。

また「お前に言われたあの一言はきつかった」とか「おまえいつもあんなことしてたよな」とか言われるのだが、当方全く記憶がなかったりして。ごめん、ごめんと謝る。

同期会や同窓会の楽しみの一つでもある。

来月高校卒業して以来47年ぶりの友人と松蔭神社近くの鰻屋で杯を交わす予定だ。楽しみでもあり不安も少々あったりして。

そういえば、夕張のM川君とも卒業以来会ってない。最後に会ったのは帰郷する前に、父のレストランサンマルコに来てくれたとき。シャリアピンステーキをご馳走したっけ。

40年という月日はあっという間に過ぎ去った。これからの10年どう過ごそうか?
 

ゴースト

 投稿者:NobbyTack  投稿日:2019年 2月11日(月)07時51分7秒
編集済
  https://gigazine.net/news/20190210-why-people-ghost/
「恐らくは亡くなった」と信じたくない親友の失踪。親御さんから「死んだ」と言われても信じたく無い気持ちが「此方」にはある。逆に、気付いてみると「著名人」になって居る、しかしそんなにも「親しかった」と言う訳でもなく親交の途絶えていた同窓生。。一時は「毎日合うほど」親しくもあり、所在も現状も分かっていながら会えずにいる人も居る。特に「先方」が親しかったにもかかわらず連絡してみると「どなたでしたっけ?」などとぼけられては「たまらない」気持ちにもなろう。立身出世を果たしたあと、旧友の登場を「心から」喜べない人もいる様だ。
「事情」があって連絡の取り辛い、もしくは取れない人。。とかく「人間関係」って難しい。
僕はどちらかと言えば「記憶力」が良い(と、思ってる)。会社の出来事を良く語った父は、会社の同僚や上司部下の話に「アイツは本当に良い奴」といった類いの事を語っては、母から「でもこんな事言われたじゃない?」「こんな事されて憤慨してたのは誰?」など言われ、逆に「貴方は憶えてないかもしれないけど00さんって、私利私欲じゃなく、本当に貴方を慕っていて下さる良い方」と自身は面識も無いのに、人間関係の機微に疎かった父に話していた。共同通信社本社が日比谷から米国大使館前の「新社屋(今では旧)」に移転して家族たちも「お披露目」に呼ばれた時など「写真など」見ていたのだろう、「初めて」会う社員や記者、カメラマンなどに会場内を「走るが如く」挨拶した。そんな母の「能力」は多分、僕に遺伝した。で、定年退職後の身の「常套」としては同窓の友人、会社の親しかった友人と頻繁に会う様になると、「ふと」此の場に居ない、つまりはこちらから観て「ゴースト化」してしまった友人を思う。人間関係は「微妙」だ。黙して語らぬが良い事もあれば、自身「時効」を決め込んで概要の説明を試みる事もある。他者が「ゴースト化」してしまった友人を「如何」思って、又は記憶の中での「其の人のものである印象」を傷付けて仕舞ったりでは事ゆかぬ。まぁ「一般には」アイツ如何した?レベルの興味付き合いであるならば「思い切り」話す事も出来るが。しかし、此の「周囲」の誰もが消息を知らぬ「プッツリ」切れて仕舞った「糸」の様な人間を思うに「切なさ」を感じるのは僕だけだろうか?
 

黄金コード

 投稿者:m. haggie  投稿日:2019年 2月 8日(金)12時46分58秒
  こういう話は飯より好きなので、ちょっとお邪魔します。先日ghee君が、Am7からCdimを挟んでGに戻ると・・・ってな話をしていましたが、Cdimは、D7の代用コードになるので、Gに綺麗につながります。とは言っても、構成音が若干違いますから、ニュアンスが微妙に変化します。このニュアンスの変化が、聴く者にとって堪らないところですね。
コードの性質は、3rdと7thに現れます。D7の場合、ファの#(3rd)とド(b7)になるので、この2音を含んでいるコードであれば、大抵は(例外もありますが)代用できます。Cdimは、ド・レ#・ファ#・ラが構成音ですから、ばっちり合います。まあD7b9のレ(根音)を抜いたものとも考えられます。この考えを応用すれば、ここはCdimではなくて、Am7/13でもOKです。
それから、僕も”Eyes like pearls"の出だしのコード進行にグッと来ていました。それで、やはりちょっと調べたのですが、F#m7の構成音の中で、ファ#とド#がDMaj7の3rdと7thの音と同じです。ですから、これもDの代用コードになります。DはキーGのダイアトニックコードですから、当然使えることになります。勿論C#はGのスケール上にはありませんが、これもオルタードテンションの一つと考えれば、問題ありません。DMajor7はドミナント7thではありませんが、GというキーでDというコードは、位置的にドミナントの性質を請け負わされています。
オルタード(altered)テンションとは、通常のテンション(スケール上の音)以外で11thを抜かして、全ての音がテンションとして使えるもので、ドミナント7thの時だけ使えます。極端ですが、キーがCの曲でG7のところでは、メチャクチャな音でも不自然ではないのです。試しにピアノをげんこつで適当に鍵盤をを叩いてからCを弾いてみてください。

とまあ、理屈で言ってしまえばこういうことなのですが、こういう音の流れを思いつくところがセンスなんでしょうねえ。知識と経験である程度補えるとも思いますが、頭に自然に音像が浮かぶかどうかは、持って生まれたものなのだと思います。そう考えると、やっぱりPaulは天才だ!
 

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