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「模倣犯」宮部みゆき著 読後感
投稿者:
徳永 雄三
投稿日:2006年 3月 4日(土)23時26分22秒
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「模 倣 犯」読後感
ウーーンーー久し振りに唸る本でしたね。中華、フランス、トルコと世界三大料理を一緒に食べた位の満腹感でした。これ以上の満腹を味わった本は司馬遼太郎の「坂の上の雲」これは別格、山崎豊子の「大地の子」松本清張の「点と線」佐木隆三の「復習するは我にあり」辻邦夫の「背教者ユリアヌス」アーサーヘイリーの「バンク(?)」Aフォサイス「ジャツカルの日」とか。宮部みゆき読むと内田康夫とか赤川次郎とかは、サラサラのお茶付け掻っ込んでるような感じですね、それはそれで必要、いつも300グラムのステーキは欲しくないもん。昨日スピルバーグ監督の「ミュンヘン」観ました、公認の暗殺者の実録、殺しを合法的生業にしている人でも、連続殺人を犯していると色々精神的におかしくなって参りますね、そういう内面も描かれてました。おかしいく成って行く栗橋浩美ですね、犯人たちの出生の秘密も上手く描かれていて、さもありなんと納得してしまいました。高井和明の幼少期の稚拙さ、怖いです。親の気ずかない病気、普通の顔をしてると当然普通人と同じに物が見えるもの、との思い込みは怖いですね。とくに何も本人のせいではない、本人が努力してるにも係わらずに結果が全然でない、あいつは馬鹿だ阿呆だ、可哀そうです。私は幼少期小児弁膜症でした、矢留小学時代は体育は免除されてその時間は運動場の片隅に座り、皆のはしゃいでる光景を見据えていたものです。私の隣にいつも一緒に居たのが小児麻痺を患ってたビッコの男の子、村でも一番貧乏な家の子でした。ビッコひきひき時間を掛けて登校、雨風のときは悲惨でした。上手く傘をさせずに学校に着く頃はいつもビショヌレ、よーく風邪をひいていました。私の病気は私のせいではない、それを一番知っていてカバーしてくれたのは、じいーさん、祖父です。ジイーサンの胸で背中で寝て、ジイーサンの漕ぐ自転車に乗り、じいーさんの観に行く映画を観て、じいーさんの選り分けてくれる料理を食べ、私は小児麻痺の友人に比べればヅーット幸せであったかも知れません。天と地くらいの開きを感じます。じいーさんは6年生の時に76歳で亡くなりました。中学に入る時じいーさんが居なくて、私の病を誰も気づかず中学校へ引継せづ、皆と一緒の体育授業に駆り出される破目となり、動き鈍く走ればもう真青な顔になり、倒れたこと何度もありました。小児麻痺の友人は違うクラスへ、保護者、仲間が居なくなり自分にとっては過酷な運動も、この3年間どうにか死なずに過ごし、高校では普通に近い運動が出来るようになって行きました。ビッコの友人はこの時期に亡くなり、今でも小学校の同窓会では、この幸少なかった友人の冥福をコッソリと祈ってやみません。
有馬義男、殺された鞠子のじいーさん、もし私がチビの時この小説みたいに殺されたら、私のじいーさんはどんな行動をしただろうか?絶対に泣き寝入りするようなじいーさんではなかったので、犯人が出たらキット仇を討ちに行った筈、もし私がその立場になったら、必ずそうする気質を受け継いでいるので当然のことです。エピローグ、真一とじいーさん、第一巻からの登場人物、お互いに悔しい悔しい被害者、「二人は家族に」なるほどこういう結果が用意されていたとは。私ももうジイーサン、今も意欲ある人達に良き仕事を探してるジイーサン、振り返るに良き職を身に着けたかも知れず。 2006年2月末日 徳永雄三
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