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(無題)

 投稿者:のぶゆき  投稿日:2013年 6月 1日(土)21時25分28秒
  5/31のルーテル東京教会でのコンサート、知人に誘われて初めて聞かせて頂きましたが、大好きな曲ばかりでとても楽しめましたが、曲によってはアンサンブルが噛み合ってない部分もあったように感じました。

1番後ろの席で聴かせて頂いたのですが、声がまっすぐ後ろまで飛んできている方と、声が奥まって聞こえたりと声の響き方や届き方に違いがあるように感じました。それによって和音のバランスが悪くなる所もあったように感じましたが、これから新メンバーと共に新しいアウラの音が作られていくのだろうなと感じました。

ユニゾンが心に残りました。

次も必ず行きます。
素敵な時間をありがとうございました。
 
 

Auraの2012年クリスマス・コンサート

 投稿者:南西堂  投稿日:2013年 1月 6日(日)03時14分36秒
編集済
  10回続けての書き込みで失礼いたします。
久しぶりの書き込みになりますが、本年もどうぞよろしく。
遅れましたが<Aura>のクリスマス・コンサートの感想です。


毎年恒例の<Aura>のクリスマス・コンサートに行ってきました。
昨年はヴィヴァルディ『四季』の声楽化全曲盤という意欲作を出した<Aura>。
それもあってプログラムの前半は『四季』を中心にしたもの。
春(第1楽章)、夏(第1楽章)、秋(第3楽章)、冬(第2楽章)。
そして「ガウデーテ」「母なるマリアを」「戦場のメリークリスマス」。
ヴィヴァルディ「四季」はお馴染みの「春」も良いのですが、「夏」も原曲の気怠い雰囲気を上手く出した歌唱です。
全曲盤CDを聴いたときから、そう感じていました。
最近は「ガウデーテ」を素材にして、<Aura>のパートの分解説明をパフォーマンス化しており、これも楽しい聴きものとなっています。もちろん曲自体も申し分のない歌唱。
驚いたのは「戦場のメリークリスマス」です。
以前聴いた時よりも遥かにスケールの大きい歌唱になっていたからです。
後半はクリスマス・キャロルが中心。「ガブリエル・メッセージ」「御使いうたいて~ニュー・イヤーズ・ギフト」「まきびと羊を」「ひいらぎ飾ろう」。
「御使いうたいて~ニュー・イヤーズ・ギフト」の「グリーンスリーヴ」が今までよりも美しく聴こえました。
「まきびと羊を」「ひいらぎ飾ろう」はクリスマスの喜びを感じさせ、私はこの日の曲目でいちばん心に残りました。
新しいレパートリーとしてセミクラシックの有名曲であるルロイ・アンダーソン「そりすべり」が登場。
楽しいアレンジと歌唱に仕上がっています。
最近の<Aura>はダンスのような動きを取り入れていますが、この曲でも効果的に使われていました。
他に新レパートリーとして「ホワイト・クリスマス」がありましたが、これは果たして<Aura>のコンセプトに合致するナンバーなのか? アマチュアも含めて様々な声楽ユニットがこの時季に歌うので、あえて<Aura>が取り上げる必要があったのかという気もしました。
ジョン・レノン「ハッピー・クリスマス」も以前よりスケールが大きくなったと思います。
ラストは<Aura>の名刺のようになった代表作「花のワルツ」でした。
これがなければ<Aura>のクリスマスではありませんね。
というわけで例年のごとく美しいクリスマス音楽を堪能したコンサートになりました。
ところが、その余韻も冷めぬうちに内野明香さんが<Aura>を辞めてしまうという知らせ。
前任の星野さんはアルトといってもコントラルトの声域もこなせる人でした。
いっぽう内野さんはどとらかといえばメゾ・ソプラノに近い声域の人のような気がしていました。
そうであっても、せっかくアンサンブルに溶け込んできたのに残念な気持ちです。
今後ともなんらかの形で音楽の世界にとどまってほしいと思います。
また<Aura>のみなさんは新たなメンバー探しという難関を切り抜ければなりませんが、いままでも難関をクリアしてきたのです。
なので、それほどは心配していません。
きっと新生<Aura>となって、素晴らしい歌声を聴かせてくれると期待しています。
 

Auraの新アルバム『四季』発売記念コンサート

 投稿者:南西堂  投稿日:2012年 9月 1日(土)23時44分22秒
編集済
  9回続けての書き込みで失礼いたします。
約4か月ぶりになりますか…。
以前も書きましたが最近は簡単に書けるtwitterが中心になってしまい、こちらに書く機会が減ってしまい申し訳ありません。

<Aura>の新アルバム『四季』の発売記念コンサートに行きました。
ヴィヴァルディの「四季」を全曲ア・カペラで歌うという野心的な企画です。
その結果は見事な成功を収めました。
<Aura>は大きな偉業を成し遂げたのだと思います。
アルバムは既に購入していたので、コンサートに行く以前におおよその内容はわかっていました。
しかし、ライヴで歌うのはCDに録音するのとは別の緊張感を要するものです。
会場は<Aura>にとってホームグラウンドとも言うべき白寿ホール。
プログラム前半には、いままで<Aura>がレパートリーとして歌ってきたナンバーが置かれていました。
これはメンバーにとっても聴衆にとっても、難曲にとりかかる前の緊張感をほぐすためにプラスに作用したと思います。
冒頭の「トルコ行進曲」は久しぶりのコンサートのためか、ややアンサンブルに乱れがあったように感じました。
しかし曲が進んでいくにつれ、精度の高いアンサンブルを取り戻していったので一安心。
とりわけ第1部後半の「モンセラートの朱い本」からの2曲は<Aura>本来の実力を良く発揮したものになりました。
いよいよ第2部はヴィヴァルディ「四季」全曲で、場内の期待が高まります。
そして、その期待が裏切られることはありませんでした。
「春」が上手くいくだろうという予感はありました。
既に第1楽章はレパートリーとして定着しています。
しかし「夏」「秋」は声楽化するのは難しかっただろうなと思います。
<Aura>はこの困難な歌唱を、いつもの美しいアンサンブルを崩すことなく克服しました。
とりわけ「夏」の物憂い表情を原曲の雰囲気どおりに再現していたのではないでしょうか。
<Aura>の歌う曲の歌詞は、ヨーロッパの詩人の作品から多く選ばれてきました。
今回、目を引いたのはピエトロ・メタスタージオの名です。
オペラ、とりわけバロック期の作品に興味をお持ちの方ならピンと来るはずです。
メタスタージオはオペラの脚本家として18世紀ヨーロッパの音楽界に君臨していた人物だからです。
18世紀の多くの大作曲家が彼の書いた脚本を使用してオペラを作りました。
それはバロック期に限らず、モーツァルトまでをも含んでいます。
私はイタリア語には無知ですが、この人の書いた詩であれば音楽に上手く乗せられるのかもしれません。
しかし<Aura>はやはりPAを極力頼らないで聴くのが最高なのだと改めて実感しました。
「四季」を全曲歌うのは今回限りというのは、あまりに惜しいと思います。
今回コンサートに来られなかった人にも聴いてもらいたい。
例えば結成×年記念といった折り目節目などに大切に歌っていくのも良いのではないかと考えます。
この夜の聴衆の反応も素晴らしいものでした。
歌い終わったあとに会場から「ブラヴォー!」の声がかかりました。
また隣席にいた二人連れの男性客が開演前は「退屈したら眠っていいんだよな」などと会話をしていたものの、プログラムが進んでいくにつれ「なんか予想してたよりいいじゃないか」と真剣に聴き始めたのも印象に残っています。
こうした反応は、もちろん<Aura>の歌唱の素晴らしさがもたらしたものです。
まさに<Aura>の見事な勝利だったと思います。
 

復権するラフマニノフの音楽

 投稿者:南西堂  投稿日:2012年 5月10日(木)05時32分6秒
編集済
  おまけだよ。
「ラ・フォル・ジュルネ」で気がついたことがひとつあります。
それは全体の曲目に占めるラフマニノフの作品の多さです。
3日間の会期中、あらゆる会場でラフマニノフが演奏されていたのではないでしょうか。
公式ガイドブックの表紙には、今回のテーマがロシア音楽ということで、ロシアを代表する作曲家が描かれています。
そして、その先頭に描かれているのがラフマニノフなのです。
チャイコフスキーではないのです!
ひと昔前なら確実にチャイコフスキーだったはずです。
おそらくプロデューサーのマルタン氏はラフマニノフ作品の愛好者なのだと思います。
しかし、プロデューサー個人の嗜好の反映だけかというと、それは絶対に違います。
現代の聴衆の好みが、より明確にラフマニノフの作品に向けられていることの表れなのでしょう。
少なくとも30年くらい前には、これほどラフマニノフの作品が広く演奏されることはありませんでした。
私がクラシック音楽を聴き始めた1980年代には、音楽雑誌などで評論家が「近いうちに忘れ去られる古臭い音楽」と評していたくらいですから。
その頃の面白いエピソードがあります。
柴田南雄といえば現代音楽の重要な作曲家であり、評論家としても卓抜な才能の持ち主でした。
その柴田氏がプレヴィンの指揮するラフマニノフの交響曲第2番のレコードを称賛したときのこと。
知り合いの若者が、そのレコードを聴かせてくれ言うので、聴かせたところ、
「先生はこんな音楽をほんとうにいいと思うのですか?」
と真剣に呆れられたというのです。
笑ってしまうような話ですが、1970年代なら充分に有り得た話だと思います。
いまでは様相はすっかり変わりました。
以前はラフマニノフの作品で常演曲目といえば、ピアノ協奏曲第2番、同第3番、パガニーニの主題による変奏曲のみ。
それが80年代になると、交響曲第2番、チェロ・ソナタなどの演奏回数が飛躍的に増大し、さらにはピアノ協奏曲第4番や交響曲第3番、ピアノ三重奏曲なども珍しくなくなり、ついにはオペラの全曲盤なども登場するようになりました。
こうしたピアノ・ソロ作品以外の曲目が、大きく見直されてきたのです。
現在では、かつては定番であったピアノ協奏曲第2番の演奏回数を、交響曲第2番が上回るようになりました。
若いクラシック音楽ファンにとっては「ラフマニノフの2番」と言えば、ピアノ協奏曲ではなく交響曲のことを意味します。
演奏スタイルにも大きな変化が起きています。
かつては、これこそロシアのセンチメンタリズムといった甘い演奏が多かったと思います。
最近の演奏、例えば2000年録音のツィンマーマンのCDが良い例ですが、ことさらにロシア風の味付けに仕上げることを避け、より普遍的な音楽として捉えようという明確な指向も現われてきています。
ラフマニノフの作品は、そうしたスタイルの演奏においても、魅力を失わないだけの強さを秘めていることが理解されたということなのかもしれません。
彼の作品は単なる甘ったるいだけのショーピースではありません。
晩年の交響的舞曲を聴くとわかりますが、そこには後期ロマン派を脱して新古典主義様式へ作風を移行させようとした強い意志さえも感じます。
彼は単なる後期ロマン派の残党などではありませんでした。
ラフマニノフが長生きしていれば、我々が考えているより遥かにモダンな作風に転換していたのは確実だと思います。
そうしたことが没後70年にして、ようやく理解され始めたのかもしれません。

ほんとうに「ラ・フォル・ジュルネ」に関係する話題は、これでおしましいです。
それじゃまた。
 

「ラ・フォル・ジュルネ」探訪記⑦ 渋さ知らズの無料ミニ・ライヴ

 投稿者:南西堂  投稿日:2012年 5月 9日(水)05時25分59秒
編集済
  私が「ラ・フォル・ジュルネ」で最後に向かったのは<渋さ知らズ>の無料ミニ・ライヴ。
場所は<Aura>と同じ地上広場。
開演時間は19時10分です。
ホールAを出て建物の外へ出ると、先ほどまでの雨はきれいに上がっていました。
これから<渋さ知らズ>を屋外で聴くのだから、こうでなくてはいけません。
良い場所が取りたいので、どこへも寄らずに地上広場へ直行。
おかげで最前列を確保することができました。
既に演奏者用の椅子が並べられ、サウンドチェックの真っ最中。
それがひと段落すると、10分前くらい前に集合ということで、それぞれ散っていくバンドのメンバーたち。
この時点でかなりの人数の観客が周りを囲んでいます。
やがてメンバーが戻ってきて再び着席しますが、演奏は始まらず。
なんでもホール内の演奏が済むまで、待つようにという指示があったのだとか。
<渋さ知らズ>は演奏時間の短いライヴ、とりわけ何組も出演する野外フェスなどでは、開演時間前のサウンドチェックをしつつ、そのまま演奏に突入という荒業をやってのけるので、今回も少し期待していたのですが、音楽祭の事務局からの要請とあらば仕方ありません。
もっとも演奏開始時間を遅らせる代わりに、予定時間をオーバーしてもよいというお墨付きはもらったようでしたが。
客層は前日のホールでの本公演と同じく、以前からのファンと「なんだかわからないが面白そう」という人が半々くらい。
バンドのメンバーはというと、これが実に素晴らしい。
短い時間の無料ライヴというのに、バリトン・サックスのおふたりが抜けた以外は、前日の本公演と同じフル・メンバーでの出演というのですから、その心意気が嬉しい。
なにしろドラムの藤掛正隆さんのように本公演に来れなかった代わりに、こちらのミニ・ライヴに出演してくれたメンバーもいたくらいです。
曲目は前日の「1913 渋さ版サクル・リュス」の短縮ヴァージョン。
1曲目は本公演では演奏しなかった「ひこーき」。
野外で聴く「ひこーき」は、たとえ日が暮れて青い空が見えなくても気持ちのいいもの。
前日はソロを取る機会のなかった関根真理さんの美しい声が、気持ちよく雨上がりの空に響きます。
その後は「展覧会の絵」に進み、やはり前日は演奏しなかった「股旅」、またロシアに戻って「白鳥の湖」とロシア民謡「一週間」と続き、渡部真一さんのお馴染みのMCを挟んで、ラストはやはり「本多工務店のテーマ」。
渡部さんの発言「つまらないと思った人は帰ってもいいよ。駅も近いから」に不破さんが爆笑。
これでやっと「ラ・フォル・ジュルネ」から解放されるとあって、かなりリラックスしてきたのか、不破さんは指揮をしながら「白鳥の湖」のポーズで踊ったりも(笑)。
昼間<Aura>の歌ったステージは舞踏のための場所になりました。
東洋さん、霜村さん、若林さんたちが前日の「死と再生」の儀式のミニチュア版を踊ります。
その後は<お銚子組合>のすがこさんたちがバナナを持ってパフォーマンス。
その他のダンサーたちも演奏者スペースを解放感に溢れて踊ります。
観客は老若男女ともたいへんな喜びよう。
私の近くにいた70代くらいの女性が、楽しくて仕方ないという表情で聴いていた様子が忘れられません。
「本多工務店のテーマ」でフィニッシュを決めれば、あとは「すてきち」を演奏しながら退場です。
こうして<渋さ知らズ>は「ラ・フォル・ジュルネ」での全予定を終了。
(この日は午前にも別の場所で無料ライヴに出演しています)
私も充分に楽しみました。
「ラ・フォル・ジュルネ」自体は翌日5月5日までありますが、もはや私には関係ありません。
2日間これだけ楽しんだのですから、もう満足です。
私にとっての「狂熱の日」は、これでひと段落を告げました。
来年はどうするかわかりませんが、マルタン氏が再び<渋さ知らズ>を呼んでくれれば、必ず参加するつもりではいます。
「ラ・フォル・ジュルネ」は様々な問題点もありましたが、得ることころも多く、やはり行って良かったと思えるだけの魅力を持ったフェスティヴァルだったと思います。

以上で私のレポートは終わり。
お読みくださってありがとうございました。
(本当に読んでる人がいればの話ですが…)
 

「ラ・フォル・ジュルネ」探訪記⑥ イーゴリ・チェチュエフ&ベアルン地方ポー管弦楽団

 投稿者:南西堂  投稿日:2012年 5月 8日(火)04時42分35秒
編集済
  次に向かったのはウクライナのピアニスト、イーゴリ・チェチュエフによるラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の公演。
共演はフェイサル・カルイ指揮、ベアルン地方ポー管弦楽団
演奏曲目はラフマニノフのピアノ協奏曲第3番ただ1曲のみ!
会場は「東京国際フォーラム」最大のホールAです。
開演時刻は17時30分。
チェチュエフというピアニストも、フェイサル・カルイという指揮者も、ベアルン地方ポー管弦楽団というオケも、すべてが初めて聞く名前です。
イーゴリ・チェチュエフは公式ガイドックに生年月日の記載もなく、年齢はわかりません。
1998年にルービンシュタイン・コンクール優勝とあるので30代前半くらいでしょうか。
ヨーロッパでもさほど知名度があるようには思えません。
しかし実際に演奏を聴いてみると、それなりに好印象を抱きました。
なかなかスマートで清潔感のある演奏だったと思います。
ラフマニノフの第3番というと、テクニックの誇示や、ことさらな熱演といったタイプの演奏に出会うことがあります。
そうしたタイプの演奏もたいへん面白い。
しかし、こうした端正なスタイルの演奏も、ラフマニノフの持つ抒情性が感じられて悪くないと思いました。
前日に聴いたエル=バシャによるラフマニノフに納得がいかなかったので、余計そう感じたのかもしれません。
ベアルン地方ポー管弦楽団というオーケストラも初めて知った存在です。
ベアルン地方というのはピレネー山脈にほど近い土地のようです。
フランスは政治的には中央集権国家です。
オーケストラについても同様に、有名なオーケストラはパリに集中していると思う人がいるかもしれません。
しかし実際には各地方にそれぞれ個性的なオーケストラがいくつも存在していることを、日本のクラシック音楽ファンなら知っているはずです。
トゥールーズ・キャピトル管、リヨン管、ストラスブール・フィルなどが代表です。
これらの地方オケはレコーディングも多くこなし、何度も来日しているので、その実力は良く知られています。
しかし、今回のフェスに参加したベアルン地方ポー管弦楽団というのは全く未知の存在。
まだ設立されてから20年にしかならない新しいオーケストラだそうです。
果たして、その実力はいかに? というところです。
結論から言えば、こちらも思っていた以上に良い印象を持ちました。
とりわけ木管管楽器がフランスのオケ伝統の柔らかみのある音色なのを嬉しく思いました。
全体的にはまだまだ非力かもしれませんが、トゥールーズ・キャピトル管のように人材を得れば飛躍的に演奏能力が向上するかもしれません。
指揮者のフェイサル・カルイはニューヨーク・シティ・バレエの音楽監督だそうですが、いくらなんでも協奏曲のバックを1曲聴いただけでは、その個性はわかりかねます。
演奏についての感想は以上です。
しかし、この公演には演奏自体よりもはるかに大きな問題が存在していました。
それは会場のあまりの巨大さです。
5000席もある大きな会場でオーケストラを演奏するなど馬鹿げています。
私は会場に入った瞬間、唖然としてしまいました。
そして思い出しました!
このホールAでは10年以上も前に、バレエの公演を観たことがあるのです。
そのときでさえ、これは広過ぎるのではないかと感じたことを、はっきり思い出しました。
ましてや、ピアノ協奏曲に向くはずもありません。
音はかなりの割合でPA装置に依存することになります。
後方の席からは演奏者は豆粒のように見えてしまうためか、ステージ両サイド壁面の巨大モニターに演奏者の姿が映し出される仕掛けになっていました。
まるでポップスの大スターのライヴに来ているような錯覚に捉われます。
当初、当日券売り場の空席状況を見るたびに、なぜホールAの公演だけが完売しないのだろうと不思議に思っていました。
収容人数5000人なら無理もありません。
私は「ラ・フォル・ジュルネ」には今回7公演しか行っていないので、他の公演はどうだったのか分かりませんが、やはり公演内容と会場のミス・マッチはいくつもあったのではないかと思います。
もちろん「東京国際フォーラム」と「よみうりホール」という2つの会場だけをやり繰りして、これだけ多くのコンサートを実現させた関係者の努力には大いに敬意を払います。
近くに大きな会場(少し離れるが王子ホールなど)を借りれば、大幅な赤字が発生することも予想がつきます。
しかし、良い印象を持ったオーケストラとピアニストだったので、もっと適切な規模と音響のホールで聴けたらという思いは残ります。
会場の規模と音響の良し悪しの問題。
頭が痛いこととは思いますが、この先も付いて回るような気がしてなりません。
さて、いよいよ次回でレポートは最後です。
今週中には書き終えたいものですが…。
 

「ラ・フォル・ジュルネ」探訪記⑤ Auraの無料ミニ・ライヴ

 投稿者:南西堂  投稿日:2012年 5月 7日(月)02時13分6秒
編集済
  翌日5月4日。
この日の本来の目的は14時10分からの<Aura>の無料ミニ・ライヴ。
そして19時10分からの<渋さ知らズ>の無料ミニ・ライヴ。
二つのライヴのあいだ、かなり時間が空くことになるので、適当な公演を当日券で聴いて時間をつぶす計画でした。
前日の雨がまだ降り続いているので、屋外でのミニ・ライヴがあるのかどうか不安な気持ちで家を出ました。
しかし「東京国際フォーラム」地上広場には、すでに多くの観客が集まっていたので、ひと安心。
<Aura>を聴くのは昨年12月の恒例クリスマス・コンサート以来になります。
やがてメンバーが登場してリハーサル。
この時点で美しい歌声に引きつけられて立ち止まる人、本番が始まるのを待てないで帰る人と両方がいるのですから、人それぞれとは言うものの、面白い反応の違いです。
ライヴはラフマニノフの「ヴォーカリーズ」から。
相変わらず美しいアンサンブルです。
この日は雨のため私は左側のスピーカーの近くで聴いてしまいました。
やはり<Aura>はPAを通さないほうが魅力を発揮できるなと痛感しました…。
2曲目は既にお馴染みのレパートリーになったカッチーニ作と伝えられる「アヴェ・マリア」。
歌う前の曲目紹介のMCで、この曲がカッチーニの作品ではないこと、真の作曲者はロシアの作曲家ウラディーミル・ヴァヴィロフであることを説明したのは良いことだったと思います。
この曲は「アルビノーニのアダージョ」「ヴィターリのシャコンヌ」と並んで「バロックの3大偽作」とされていますが、本当の作者であるヴァヴィロフの名前が知られているとは思えません。
以前から珠玉と言ってもいい美しいメロディだが、とても初期イタリア・バロックのものとは思えないと指摘され続けてきました。
この作品が素晴らしい名曲だけに、間違った作曲者名が定着しては、真実の作曲者が気の毒です。
こうしてライヴで歌う前に少し補足説明をするだけでも、だいぶ違うと思います。
そして3曲目はチャイコフスキーの「花のワルツ」。
MCでも「私たちの代表曲」と表現されていましたが、まさにその通りです。
この曲を聴けば誰でも<Aura>の歌声に魅了されることは間違いありません。
今年は以上3曲。
毎回4曲は歌っていたと記憶していますので、今回は1曲少なめでした。
考えてみると確かに<Aura>のレパートリーにロシア音楽は少ないような気がします。
今後はロシアやスラヴの音楽にも挑戦してみればいいと思います。
来年の「ラ・フォル・ジュルネ」はフランスやスペインなどがテーマとマルタン氏が発表していました。
こちらのほうが<Aura>にとっては本領を発揮しやすいかもしれません。
なお当日、ヴィヴァルディ「四季」の声楽版全曲アルバム制作の発表がありました。
私も<Aura>のヴィヴァルディは好きなので、たいへん期待しています。
<イ・ムジチ合奏団>の前で、その一部を披露したそうです。
来日の歓迎レセプションかなにかの折りでしょうか。
こうした情報もどんどん発表していって欲しいと思います。
さて続いては当日券を購入した次のコンサートへ。
この続きはまたそのうち。
(あと2回で終わりますので、いましばらくお待ちください)

 

「ラ・フォル・ジュルネ」探訪記④ 渋さ知らズ「渋さ版サクル・リュス」

 投稿者:南西堂  投稿日:2012年 5月 7日(月)01時01分13秒
編集済
  次は最も楽しみにしていた<渋さ知らズ>による「渋さ版サクル・リュス」。
会場は「東京国際フォーラム」ホールC。
開演時間は21時45分。
ナントのジャズ・フェスティヴァルで<渋さ知らズ>のライヴを見たルネ・マルタン氏が、<渋さ知らズ>に惚れ込んだ結果、その強い要望で実現した企画です。
この演目はダンドリスト・不破大輔さんにより「1913」と名づけられました。
1913年はパリでストラヴィンスキーの「春の祭典」が初演された年です。
つまり「渋さ版『春の祭典』」という意味なのです。
今回の音楽祭で<渋さ知らズ>は「総合見世物芸術楽団」という位置づけになっています。
どんなステージになるのかファンとしては期待に胸が膨らむばかり。
また「ラ・フォル・ジュルネ」の聴衆の多くはクラシック音楽のファンが想定されていますが、彼らが初めて基本的にはフリー・ジャズのユニットである<渋さ知らズ>のステージに接して、どんな反応を示すのかということにも興味はありました。
近くの席の観客の話し声から<渋さ知らズ>が「なんだかわからなくて来てしまった」という人がけっこういることがわかりました。
しかし、それと同時に「なんだかわからいけど、面白そう!」という声も多く聞えました。
悪くない反応です。
やがてステージに渡部真一さんが登場。
いつもの「大漁」と書いた法被にフンドシ姿。
驚きの声が洩れますが、しかし、これから何か楽しいことが始まるような予感を全員が感じているようです。また、渡部さんのMCが巧みなため、観客を笑わせつつ、初めて<渋さ知らズ>を見た人たちにあった不審感のようなものを、すっかり洗い流してしまいました。
そうこうするうちミュージシャンがステージに現れ、各自所定の位置に着席。
演奏が始まります。ソロは佐藤帆さんのテナーから。
徐々にチャイコフスキーの「白鳥の湖」の情景のメロディが姿を現してきます。
そして、それからの1時間以上。
ストラヴィンスキー「春の祭典」、ムソルグスキー「展覧会の絵」、ロシア民謡「一週間」などのロシア音楽の数々が<渋さ知らズ>流にアレンジされ、ダンスや舞踏や美術と一体になりながらエキサイティングなステージを繰り広げていきました。
演奏は完全にいつものアグレッシブな<渋さ知らズ>のスタイル。
私がとりわけ深く印象に残ったのは「春の祭典」を演奏する場面。
松原東洋さん、霜村佳広さん、長谷川宝子さん、若林淳さんたちによる「死と再生」をモチーフにしたパフォーマンスです。
「死と再生」はオリジナルの「春の祭典」においても重要なモチーフとなっていると記憶しています。
特に司祭のような役を踊った若林淳さんの存在感の凄さが目に焼き付いています。
ドイツから帰国して出演の霜村佳広さんも、まるでラスプーチンを思わせるような妖気を湛えた好演。
さらに特別に参加した羊の踊り<ねねむ>の人たちがユーモラスに踊った生贄の羊が笑いを誘います
また曲のタイトルはわかりませんが、久しぶりに出演した室舘彩さんのヴォーカルが素晴らしいものでした。
出産育児をきっかけに長いことライヴ活動から遠ざかっていますが、声に深さと以前にも増して力強さが加わっていました。
母親になるということは、こんなに強くなるということなのかと感銘を受けました。
どんどん演奏が続いていき、「展覧会の絵」のプロムナードが終わってから、通常のライヴ通り渡部さんのMCコーナーに。
そして、こんなことを喋り始めました。
それを要約すれば「俺たちにはどうしても演奏したい曲がある。しかし著作権の関係があって困難なのだ。そこで俺たちが演奏するのではなく、お客さんたちがそのメロディを歌ってくれないか」と。
そしてピアノの山口コーイチさんに、ある曲のあるメロディの頭のほうの音を、ひとつずつポツンポツンと弾いていってもらいました。
ストラヴィンスキー「火の鳥」終曲のあの壮大なメロディです。
これを観客全員が合唱するなか、この日最大のクライマックスが訪れました。
銀色に光り輝くバルーン製の巨大な火の鳥が客席に姿を現したのです。
美術スタッフが何カ月もかけて作った渾身の作品です。
これに感動しない観客はひとりもいなかったと思います。
客席全員がアカペラで歌う「火の鳥」!
そのなかを練り歩く巨大な銀色のフェニックス!
満場の観客の度肝を抜くかのような演出でした。
「火の鳥」をバンドが演奏せずに、観客に合唱させたことが、会場全体を盛り上げる魔法のような効果を発揮しました
<渋さ知らズ>を知らずに来てしまったお客さんたちも、完全にそのパフォーマンスに引きつけられてしまったことを、観客席全体に漂う空気が教えてくれました。
このあとはお決まりの「本多工務店のテーマ」へ突入。
もはやクラシック音楽のフェスとは思えないノリに。
ラストには北海道の小学生向けプログラムの参加者<チョビ渋>の子供たちも登場。
たいへんな興奮のうちにパフォーマンスを終了しました。
予定演奏時間をはるかにオーバーしましたが、どの観客も満足しているのがわかります。
私自身も深く感動していました。
<渋さ知らズ>はまた新たな伝説を作ったのだと思います。
それは「ラ・フォル・ジュルネ」においても、ひとつの伝説になったはずです。
私はこの伝説が生まれた瞬間に立ち会えたことを幸福だと感じます。
聞くところによれば、プロデューサーのルネ・マルタン氏も、たいへん満足されたようです。
来年のテーマは「フランスとスペインの音楽」だとか。
再び<渋さ知らズ>が登場し、この祝祭をさらに盛り上げてくれることを期待しています。
(注:渡部さんは「著作権」と表現していましたが、あとで伊達正保さんに伺ったところ正確にはオリジナル・スコアの演奏者についての指定に抵触したためということでした)

この素晴らしい公演に参加した人たちの名前を記しておくことにします。

<渋さ知らズ ボリショイ・オーケストラ>
ダンドリスト:不破大輔
テナー・サックス:佐藤 帆
アルト・サックス:立花秀輝
バリトン・サックス:吉田隆一/鬼頭 哲
ソプラノ・サックス:松本卓也
トランペット:北 陽一郎
トランペット&テルミン:辰巳光英
トロンボーン:高橋保行
チューバ:ギデオン・ジュークス
ヴァイオリン:太田惠資
ピアノ:山口コーイチ
ギター:齋藤良一/ファン・テイル
ベース:オノアキ/小林真理子
ドラム:磯部 潤/山本直樹/藤掛正隆
パーカッション&ヴォーカル:関根真理
ヴォーカル:室舘 彩
MC&ヴォーカル:渡部真一
ヴォーカル&ヴォイス・アクト:南波トモコ
お銚子組合:広田すがこ/とっくん
ダンス&舞踏:ペロ/松原東洋/霜村佳広/長谷川宝子/南 加絵/若林 淳
       東野祥子/安田理英/ケンジル・ビエン
       ねねむ(陽茂弥ほか)その他
美術&映像:青山健一/横沢紅太郎
音響:田中篤史

*室舘彩はフルート演奏はなし
*藤掛正隆は翌日の無料ライヴのみ参加

これにて1日目の予定は終了。
翌日は<Aura>のミニ・ライヴになります。
それはまた次の話題に。
 

「ラ・フォル・ジュルネ」探訪記③ ツェムリンスキー弦楽四重奏団

 投稿者:南西堂  投稿日:2012年 5月 6日(日)04時54分49秒
編集済
  その次に私が行ったのは<ツェムリンスキー弦楽四重奏団>のコンサート。
と言っても同じ「ホールB5」が会場なので、一度外で時間をつぶして戻ってくる形になります。
開演時間は20時15分。
この団体は1994年にチェコで結成されたもの。
グループ名からして、おそらくツェムリンスキーの作品を重要なレパートリーにしていると思われます。
今回は音楽祭のテーマからして、当然ロシア音楽がメインとなります。
●ヴァインベルク:弦楽四重奏曲第8番
●グラズノフ:弦楽四重奏曲第3番「スラヴ」
これは私としてはかなり期待していたコンサートでした。
まず何よりもヴァインベルクの作品が生で聴けるチャンスは滅多にないからです。
最近でこそ再評価の声が高まっていますが、まだまだ作品が日本で広く知られているとは言えません。
1919年にポーランドに生まれたユダヤ人でしたが、ナチスのポーランド侵攻が始まると旧ソ連邦に移住。
ポーランド国内に残った家族は強制収容所で命を落とします。
旧ソ連に定住後はショスタコーヴィチと親交を結び、彼から多大な影響を受けて、音楽活動を展開します。
しかし、悪名高いジダーノフ批判の際に、ヴァインベルクも槍玉に挙げられます。
ロシアに根強く残る反ユダヤ主義もあって公式な音楽活動が出来ない状況に陥り、遂に彼自身も逮捕されてしまいます。
スターリン体制崩壊後に解放され名誉回復、音楽活動に復帰でき、ソ連邦の崩壊を見届けた上で1996年に亡くなりました。
なんと苦難の多い人生を歩んだことか。
こうした経歴のためソヴィエト体制下ではなかなか国外に紹介されませんでした。
しかし近年は、そのユニークな音楽性が再評価されるようになり、徐々にロシア国外でも知名度が増してきています。
ずいぶん多作家で交響曲を20曲近く、弦楽四重奏曲を17曲も遺しました。
この点も友人であったショスタコーヴィチに良く似ています。
この日取り上げられた弦楽四重奏曲第8番もたいへん面白く聴けました。
明らかに親交の深いショスタコーヴィチの影響を強く受けています。
しかし、ショスタコーヴィチの辛辣な皮肉っぽさとは無縁なようです。
むしろクレズマー風のような憂鬱そうなメロディが特徴でしょうか。
バルトークを思わせる部分もあるように感じます。
なかなか面白く聴くことが出来ました。
ただし短い作品なので、これ1曲ではまだこの作曲家の個性ははっきりとは掴めません。
例えば作品目録に見える交響曲第15番「私はこの地球を信じる」、同第18番「戦争、これより惨い言葉はない」、同第19番「輝かしき5月」など、どんな音楽なのか聴いてみたいと思います。
ヴァインベルクは日本では、まだまだ未知の部分が多い作曲家と言えそうです。
これから作品の演奏回数が増えてくることを期待しています。
グラズノフの弦楽四重奏曲第3番「スラヴ」はたいへん楽しく聴くことが出来ました。
グラズノフと言えば、一応は日本でも大作曲家の扱いを受けているとは思います。
しかし、演奏される機会の多いのはヴァイオリン協奏曲、そして何曲かのバレエ音楽のみと言っても過言ではありません。
白系ロシア人の音楽家が多くいた戦前には、交響曲なども演奏されることがあったらしく、最近でもたまに取り上げられこともあるようですが、現実には「名のみ高い大作曲家」といったポジションに置かれています。
今回初めて聴いた弦楽四重奏曲は、ロシア音楽ファンなら一遍で好きになること請け合いの音楽です。
これぞロシアのメランコリーと言いたいような情緒的なメロディにすぐに引きつけられました。
ヴァイオリン協奏曲しか知らない日本のクラシック音楽好きは、もっと知られて良い曲だと思います。
もちろん、チャイコフスキーやボロディンの弦楽四重奏曲ほどの名曲というわけにはいきません。
でも、そうした曲の好きな人は知っていて損のない佳曲なのではないでしょうか。
しかしヴァインベルクとグラズノフという組み合わせ、要するにショスタコーヴィチの友人と師匠ということになります。
これが通常の2部制のコンサートなら、当然メインにはショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を持ってくるところなんでしょうね。
というわけで<ツェムリンスキー弦楽四重奏団>のコンサート、なかなか得るところが大きいものでした。
さらに次のコンサートへ向かいます。
この続きはいずれまた。
(明日書く時間がなければ来週か?)

 

「ラ・フォル・ジュルネ」探訪記② モスクワ大司教座合唱団

 投稿者:南西堂  投稿日:2012年 5月 5日(土)04時20分24秒
編集済
  続いて私が行ったのは<モスクワ大司教座合唱団>のコンサート。
こちらは「東京国際フォーラム」5階の「ホールB5」が会場で、落ち着きのある小ホールでした。
開演時間は18時30分。
この<モスクワ大司教座合唱団>は初めて知った団体。
指揮はアナトリー・グリンデンコ。
元はヴィオラ・ダ・ガンバの演奏家だったそうです。
17世紀より以前のロシア正教の音楽を知ってもらうことを目的として設立された団体で、1983年の創立。
合唱団のメンバーは全員、修道士のような黒い服を身に纏っています。
しかし本物の修道士というわけでもなさそうです。
曲目の大部分はロシア正教の典礼音楽と民謡。
それにラフマニノフとグレチャニノフという後期ロマン派の作曲家による合唱曲。
●神は我らと共に(16世紀のロシア正教典礼音楽)
●幸いなるかな(17世紀のロシア正教典礼音楽)
●ヘルヴィムの歌(16世紀のロシア正教典礼音楽)
●聖母讃歌(17世紀のロシア正教典礼ポリフォニー)
●ラフマニノフ:平和の恵み
●グレチャニノフ:重連禱
●黒いからす(ロシア民謡)
●雪はもうたくさんだ(ロシア民謡)
いや、実際にこのグループの歌唱を聴いてみて、たいへん驚きました。
西欧風の発生法・歌唱法とは全く異なった地点から生まれた合唱音楽なのです。
といって同じスラヴ系の音楽であるブルガリアン・ポリフォニーとも一線を画します。
もっと低く野太い声で歌われます。
それはまるで大地から生まれた音楽です。
寒いロシアの地で労働と祈禱に明けくれた人々の音楽。
ものすごい迫力で迫ってきます。
低音部にオスティナートのようなものが現われたりもします。
また専門的には何と言うのか知りませんが、合唱団のメンバーがユニゾンで歌っていると、ソリストのような人が「語り」と「歌」の中間のような感じで言葉を紡いでいくのも面白く感じました。
西欧流の声楽だけが全てではない、ヨーロッパは私たちが考えるより、はるかに多彩な音楽文化を有している証明のような音楽でした。
ラフマニノフの合唱曲も、このようなスタイルで歌われると、その根底に持っているものが透けて見えます。
日本では知名度が高くないグレチャニノフの作品が聴けたのも嬉しく思いました。
この人はロシアからの亡命後にも、交響曲や協奏曲をいくつも作っているのですが、まったくといっていいほど日本では紹介されていません。これを機会に紹介されないものでしょうか。
というわけで、ちょっとした異文化体験をしたあと、次のコンサートへ向かいました。
この続きはいずれまた。
(ほんとうに読んでいる人はいるのかな…)
 

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