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また八月十五日が近付いてきた、横須賀はほとんど空襲での被害は無かったが、至る所に防空壕が掘ってあり、空襲警報のサイレンが鳴ると防空頭巾を被って母に手をひかれて防空壕に入って警報が解除されるまで母に抱かれていました。戦後は天然のクーラーが利いた絶好の遊び場になり、大人には野菜等のストック場になりました、また山の向こうとこっちの防空壕を繋いで便のいいトンネルにもなりました。汐入と若松町を結ぶ若松トンネルもその一つです。
年月を経るに従って思い出が薄らぎ過去が消えていったしまう、しかし悲惨な戦争、耐乏を強いられた戦前、戦時中、極貧生活を過ごした戦後、そしてたくましく復興した昭和三十年代、これらを語り継いで行こうではありませんか。
毎年8月15日夜6時から軍靴・戦時歌謡を歌う集いを開催しています。
さ〜歌いましょう!
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