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原日本人?

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 8月22日(土)07時16分13秒
  ↓の↓「ヤマト少数民族論?」での話しと重なるかもしれない話をちょいと・・・・

[対談=埴谷雄高VS大岡昇平]
埴谷:ぼくの妄想は、あの大東亜戦争というものは、原日本人はどこから来たかを無意識に探ろうとした原衝動といったものが秘められている・・・中国、仏印、マライ、ビルマ、フィリピン、
インドネシア、ニューギニア、ポリネシア、ミクロネシア、あの辺も全部行ってみた。要するに
戦略、戦術を一応無理やり捨象して、深層心理的に言えば、無意識的、本能的、重層的な日本人がもともとどこら辺から来たんだろうという思いに駆り立てられて、そのあたり全部へ行ったんだろうと妄想的に解釈したわけだ。

大岡:戦争がどうしてああまで広がったかということについては、現実には「八紘一宇」という言葉を見つけてきて、それで日本が一番優秀だという哲学が戦時中出てきたということがある訳だ。
もともと、八世紀の大和朝廷のイデオロギーにあったそういう考え方を、明治になってからさらに
天皇家を万世一系ということにして、強化してきたという歴史があるんだ。これも妄想だが、日常的思考の中にはめこまれて・・・。

埴谷:きみの言うのは歴史が始まってからの日本だよ。・・・日本の歴史というのは天皇家から始まるのだけど、ぼくの言うのは、そうじゃないんだ。数万年前からいた日本人で歴史以前の話なんだよ。

随分長く引用してしまいました。
埴谷の言う原日本人は工藤隆が提唱する「ヤマト少数民族」に重なるの思うのです。
日本の国家や天皇や文化の問題をそれ以前の縄文・弥生の無文字時代の文化と相対させながら、見詰め直す作業を、工藤隆はやろうとしているのかもしれないと思ったので、わざわざ埴谷×大岡の対談を引用してみました。

このテーマは、まだ続く予定ではあります。
 

日本のキリスト教は、西洋諸国を騙すため

 投稿者:市民  投稿日:2009年 8月21日(金)07時47分10秒
  http://akiba.geocities.jp/pxzuwp/02/1/5.html

西洋諸国を騙して、外交政策を有利に展開し、

将来の戦争に備えて諸外国を油断させるための組織だ。

靖国神社を公然と支持することで十分だ。
 

ヤマト少数民族論?

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 8月21日(金)06時52分54秒
  「ヤマト少数民族論」という聞き慣れないキーワードを展開している日本古代文学研究者・工藤隆の「日本・神話と歌の国家」という本を昨日読みました。

日本という国家が出来上がるときの最古の書物である「古事記」を、現存する中国の少数民族文化との共通する事例などを参考に<古代の近代化>と<明治の近代化>は同じ構造であるという結論を導きます。
日本がなぜ戦争に負けたのかという問題を、敗戦後の折口信夫はまず第一に「古事記」の高天原神話そのものの抱える弱点の中に見出そうとしたらしいのです。
著者工藤隆の解説によれば、天皇という存在を天照大神に発する「系図」(万世一系の系図)のなかに閉じ込めたことによって
、西洋の宗教(キリスト教)のように「系図」に基ずく祖先崇拝から自由で普遍的な「宗教上の神」の位置にまで天皇信仰を抽象化できなかったことが、敗戦の原因だということらしいのです。

[軍国主義天皇制ファシズム下の日本は、支配下に置いた他国に神社を作って神道を普及させようとしたのだけど失敗しますね。国の違いや民族の違いを超えて信者を獲得できるキリスト教とは違い、神道はアニミズム・シャーマニズム的神話を背負って成立しているので、それを他国や他民族に強制しようとしたこと自体に根本的な認識違いがあったのです。]ということみたいなのです。

とすると↓の靖国問題での「政教分離」の問題や憲法第1条の解釈の仕方をもう一度検討し直してみる必要が出てきました。

これから<古代の近代化>や<明治の近代化>についてももう少し学習して行きたいと思います。
 

靖国問題

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 8月17日(月)02時03分11秒
  1960年代後半に靖国神社の国家護持法案が浮上し大論争になったらしく、結局その法案が廃案になってからは首相の公式参拝定着路線に変わっていったらしいのです。
そのシンボル的事件が85年の中曽根首相の公式参拝です。これも結局一回だけで挫折します。
諸外国からの反発やA級戦犯の問題や政教分離の問題なども噴出し、ここで分祀論も出てきます。
これは外交上の小手先の政策にボクには思えます。

やっぱり本質的な問題は宗教に政治は関わらないここと、信教の自由を保障することができるのか?ということではないのかな?

小泉首相のときは「国民精神」というフレーズまで飛び出しました。
「お国のためには血を流せ」「そうすれば靖国で英霊として遇してやるぞ」と言っているようなもんです。

<マッチ擦るつかのま海に霧ふかし

    身捨つるほどの祖国はありや> という寺山修司の歌でお返ししたい心境です。
 

非国民から見えること」を読んで

 投稿者:ELBE14  投稿日:2009年 8月16日(日)07時18分29秒
  陛下が退位を3度も希望なさったというのはおどろきですね!
もしこれが実現していれば戦後の外交はかなり好転したのではないですか?
ただ国民の大多数は吉田茂のような心境だったのでしょう。中曽根さんがそんな質問していたんですね。
上皇に退位していれば、いまのように、チューカ圏国の対日包囲網は築きづらかったのでは?
 

<非国民>から視えること?

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 8月15日(土)07時08分11秒
  与謝野晶子が<君死に給うなかれ>という歌を発表して、世間から”非国民””国賊者”と罵倒された時、夫の与謝野鉄幹は[歌人は”国賊者”と判を捺されたら、これは勲章モノだわい!]というセリフが映画「華の乱」にありましたが、その与謝野鉄幹は後に「爆弾三勇士」という歌の作詞を手がけています。

♪我らが上に戴くは 天皇陛下の大御稜威(おおみいつ)
 後ろに負うは国民の 意志に代われる重き任

時代が変わるとこうも変わってしまうものなのか?と。あるいはそもそも最初からそんな人物だったのか?と、ぼくにはこのぐらいの情報では、判断しかねません。

話は少しズレテしまいますが、
戦時中、竹槍戦術を<そんなことではB29には届かない>と批判した軍国主義者が「非国民」扱いされた話があります。

あるいは、1952年1月31日の国会で、当時33歳だった中曽根康弘の質問
[人間天皇となられた天皇は過去の戦争について非常に苦悩されておられるのではないか。
もし天皇に退位したいお気持ちが万一あるような場合には、吉田首相は抑えてはならない。
もとよりこれは天皇ご自身決められることで、外からとやかく言うべき問題ではない。
もしそういうことが行なわれるとすれば日本国民は感銘し、戦没者遺族は感泣し、天皇制の
基礎である道徳性が強化され、確立されるのではないか。]

この質問に対し吉田茂首相は「天皇退位を希望するがごとき者は非国民」と珍しく強い口調で
答弁したらしいのです。

天皇は3回にわたって退位の意向を表明したことがあったのだけど、木戸幸一、マッカーサー、吉田茂、にそれぞれ反対され退位を強行できなかったらしいのです。強行しようと思えば出来たともいいます。このことからは、退位をしなかった天皇の責任と、退位をさせなかった日本政府とGHQの責任も無視できなくなるということが、浮き彫りになったことだと思います。
 

リスクを背負って邁進する音楽家

 投稿者:ELBE14  投稿日:2009年 8月15日(土)06時24分19秒
  いやー つい彼のあまりの変貌ぶりに断定するような書き方をしてしまいました。
たしかに優れた人間は時間と共に進化していくのですが、山下氏の場合はそれが進化でなくて「堕落」とわたしにはうつったのです。実際このように道を辿った音楽家は実に多く、本当の意味での巨人、本物を求めるわたしとしては、また数ある失望を味わったということです。夢乃助さんおっしゃるように、いまの評価が全てではないんですが、この両者を比べてしまうと、あまりにも違いがありすぎるので、ことさら強調してしまいました。ご容赦ください。(* ̄0 ̄)/

リスクを背負って邁進する音楽家は魅力的だと思うんですが・・・
不幸な一生を図らずも終えた阿部氏にそう感じるのはわたしだけなのかも。

プロレスVSボクシング についてはスポーツオンチなのでよくわかりませぬ。すいません。

http://www4.ocn.ne.jp/~m-aso

 

プロレスVSボクシング

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 8月14日(金)07時19分55秒
  え?まさかELBE14さんとジャズの話を、こんな所ですることになろうとは思いもよりませんでした。確かに<山下洋輔VS阿部薫>という比較を設定してみました。

ELBE14さんの山下洋輔評価には手厳しいものがありますが、ぼくはELBE14さんほどには断定する勇気は持ち合わせてはおりません。ぼくが比較したのはあくまで1970年代の日本フリージャズ界に於ける両者の比較を問題にしました。確かに現在の山下洋輔には時代をリードする力はないように思います。今がダメだから結局すべてダメなんだとは思いません。ELBE14さんも、そんなことは
言ってないのかもしれませんが、いくらお坊ちゃんでも、あんまり関係ないし別に山下もそのことを隠していた訳ではないし、そのことと音楽の善し悪しを批評するのとはまた別問題と思います。

ボクが比較したかったのは、山下洋輔トリオの音楽は、喩えればプロレスの世界で阿部薫の音楽は、ボクシングの世界かもしれないということです。筋書きが一応あって、そこで暴れまわるのと
全く筋書きがなく暴れるのですが、極端に言えば始まって5分もしないで決着してしまう場合もあるし、また5時間も6時間も掛けても終えられない演奏もありますね。

ぼくが「山下洋輔トリオ」に乱入したのは、プロレスのリングにボクシングのグローブを着けて、リングに上がったということですね。この現場を目撃した人の中では、どう写っていたのかは知りませんが、乱入した者の、これが「意見陳述書」であります。
貴方が裁判員なら、この事件をどう裁きますか?
 

山下洋輔トリオVS阿部薫

 投稿者:ELBE14  投稿日:2009年 8月13日(木)22時46分13秒
  前述の稿を読ませていただいて、題名のように比較されておられますね。わたしなりに、この掲示板をお借りして論評させていただきます。

山下洋輔は結局は体制派であり、若いころは反体制をきどっていただけだと言う結論です。彼は教育テレビに出演して、ジャズをやろう!ということでまったく初歩的なピアノを弾いています。わたしなんかそんな彼の姿を見て、こいつはくわせもんだと思いました。
彼は生い立ちもよく、いわゆるお坊ちゃんです。それを隠して若いころは火を吹くよーなソロを展開したのですが、とてもおなじ人とは思えません。彼もまた、普通の市井にくらす人なんですな。

http://www4.ocn.ne.jp/~m-aso

 

左翼か右翼か

 投稿者:ELBE14  投稿日:2009年 8月13日(木)22時35分46秒
  国を論じていくと、結局はこの二者は同じくなってしまうのかもしれませんね。

ただイメージだけで判断されてしまうのがいまの軽薄な世の中ですが、左翼も右翼も国を憂いて論ずるわけですから、最後は一回りしておなじところに落ち着くのでしょう。

http://www4.ocn.ne.jp/~m-aso

 

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