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AyRecovery魔法の復元ソフトウエア

 投稿者:byousyousyou  投稿日:2009年 9月11日(金)11時29分37秒
  AyRecoveryはお使いのPCを簡単にかつ高速にロールバックするソフトとして世界に認められたリカバリーソフトウェアです。

もうパソコンのトラブルで時間を無駄に使う必要はありません!今まではシステムのクラッシュ、ファイルの破損、ウィルスの感染などのトラブルを解決するのに数時間、長ければ何日もかかることもありました。AyRecoveryでは直ちにパソコンを正常時の状態に戻すことでこれらの問題を迅速に解決することができます。

   AyRecoveryには選ばれる理由があります:
• インストールする時に隠されたパーティションや復旧スペースといった余分なスペースは不要です。
• 1000もの復旧ポイントの作成に対応しています。
• 復旧ポイントの作成にかかる時間はたったの5秒です。
• 再起動せずに復旧ポイントを作成できます。
• 復旧ポイントの修正にかかる時間はたったの10秒です。
• Windows OSが故障してもAyRecoveryは起動できます。
• 復旧ポイントからファイルを復旧できます。
• 復旧ポイントを暗号化し、データの盗難を防ぎます。
• 常駐時もパソコンのパフォーマンスに影響を与えません。
• AyRecoveryはユーザーの手を借りずとも迅速かつ円滑に復旧作業を行います。

http://www.ayrecovery.com/

 

「吉田茂と昭和史」

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 9月 4日(金)06時53分20秒
  映画「小説吉田学校」を観ても、まだまだ分からないことの方が多いので、きのうは「吉田茂と昭和史」という本を買ってしまいました。

映画では昭和21年からでしたが、本では昭和2年の奉天総領事時代から始まります。
吉田茂は麻生太郎の祖父でもありますね。鳩山由紀夫の祖父が鳩山一郎、安倍晋三の祖父が岸信介。

今後の日本政治のキーマン的存在が吉田茂であり、<自立>か<協調>か、<自由>か<統制>か???歴代首相の立ち位置は吉田茂との政治的距離で決まっているという。
良くも悪くも、戦後日本の政治基盤を作ってしまった吉田茂を通して昭和の歴史を、これから勉強してみようかな?と思っている今日この頃です。
 

映画「小説吉田学校」

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 9月 2日(水)02時59分3秒
  いま「小説吉田学校」を観ました。おまけにプロデューサーのインタビューや、細川隆一郎の解説などがあり、大変勉強になりました。NHKドラマの「白洲次郎」でも占領下におけるGHQとの遣り取りの話がありますが、その作品ごとの視点の違いを比べるのが楽しいですね?
あんまり性急に自分の独断的結論を出さないのが自分流儀なので、いろんな角度からの見方を体験したいと思います。

http://www.tante2.com/yoshida-gakko.html
 

兵隊落語とブルースの女王

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 9月 1日(火)06時35分15秒
  生前の父からぼくが聞いた話に、[父は近眼、喘息であったにも関わらず徴兵検査に甲種合格になってしまい、”現役”として昭和9年、朝鮮の羅南に二十二師団七三連隊(国境警備隊)として入隊したら、そこには一年先輩になんと柳家金語楼がいたそうで「青島節」も聞かせてもらった記憶がある。]というう話だったのですが、ほんとかいな?と思いながらも半分は信じて最近まで来たのですが、最近「芸術と戦争」という本を読んでいたら、柳家金語楼のことも出ていたのでした。

それによると、[金語楼は大正9年朝鮮半島最北端に位置する羅南に二十師団七二連隊に入隊し、
二年間の兵役義務年限を終えて除隊し内地に帰る。]とありました。昭和9年と大正9年の差は、どう見ても埋められません。やっぱりどこかでの記憶違いだろうと思います。もう確かめられる当てはありません。

内地に帰った金語楼は落語界に復帰して<兵隊落語>を創作し大いに受けたらしいです。
後に満州各地をめぐって関東軍に徴兵された兵隊を慰問をしていたら、淡谷のり子と一緒になったらしいです。そのときの会話<これはブルースの女王様>・・ <淡谷さんも皇軍慰問ですか?>
・・・<そうなのよ。・・・師匠も慰問ですか?・・・戦争はお偉いさんが勝手にやることで、下っ端の兵隊さんはいい迷惑です。あたしたち芸人には関係ないことだわ。馬鹿馬鹿しいったらないわよ。>・・・<そんなに大声出したら参謀に聞こえますよ。>・・・<聞こえるようにわざと大声出しているのよ。>・・・さすがは「ブルースの女王」ですね?

因みに柳家金語楼の本名は山下敬太郎です。ロカビリーで一世を風靡した山下敬二郎は息子なのでしたね?
 

「鳳仙花」

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 8月31日(月)02時00分12秒
  1923年9月1日に関東大震災がありました。幸田露伴は、当時流行っていた「船頭小唄」を指して、
<こんな亡国的な歌が出たから、震災が起きたのじゃ>と堂々と新聞に発表していたらしいです。

この災害に乗じて多くの朝鮮人や中国人、あるいは社会主義者、無政府主義者や被差別部落民までが、警察、軍隊、民間の自警団によって虐殺されたといわれます。
1982年には殺された朝鮮人の遺骨を発掘する会が結成され、この発掘作業には、山谷争議団のメンバーも積極的に参加したらしいです。それから毎年9月の追悼式が定着するなかで、追悼碑建立に向けた運動は、辛淑玉さん、朴慶南さん、永六輔さんらの支援も受けてようやく完成したらしいのです。
その運動を担ってきたグループ名が「ほうせんか」だというのです。
ぼくが韓国の文化に興味を持ち始めた頃、この「鳳仙花」という歌は、特に在日朝鮮人の歌として
自分に入ってきた歌なのでした。↓

http://www.youtube.com/watch?v=PsLeW6PllPU&NR=1
 

日本語?

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 8月29日(土)06時45分27秒
  日本人は日本語を話したり、日本語で文章を書いたりしています。当たり前ですね?
日本語は中国の漢字と、その漢字からヒントを得たカタカナとひらがなを中心にした言葉ですね。
つまり混血言語です。それまでは、日本人も存在してはいなかったし、日本語もましてや文字さえも無かった時代だったのですね。その当時、中国語をマスターする能力が低かったばっかりに、
逆に独自な混血言語を発明して、今日に至る訳ですね。

日本という国が出来上がる以前=「古代の古代」のヤマト少数民族は「古代の近代化」する課程で
先進国の中国語を取り込んで<ヤマト語>主体の<日本語>を確立してしまったのですね。
お隣のコリア族は少し遅れてハングル文字を発明します。この文字は漢字の変形ではないみたいです。

日本人はある年齢に達すると俳句や短歌に関心が出てくる人がかなり多いといわれますが、
皆さんはどうですか?
ぼくは、石川啄木の短歌が好きで、啄木の歌を詠んで遊んだりはしていますが、自分が歌を創作してみるまでは、いまのところありません。これもまだ<ある年齢>に至らないからなのか?
どうなんでしょうね?
 

「戦友」

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 8月28日(金)06時52分11秒
  ♪ここは御国を何百里
 離れて遠き満州の
 赤い夕陽に照らされて
 友は野末の石の下

この「戦友」という軍歌は、日露戦争時代の名曲ですね。
太平洋戦争敗北の直接の原因は、この日露戦争に勝ったことだという考え方があるようです。
日露戦争の戦費の大半がイギリスとアメリカで集めた公債のお金で賄われていたので、
言わば、イギリスとアメリカが、日本という番犬を使ってロシアを叩いた戦争だったことに
なるらしいのです。そのことに日本は現実を見ずに、自力でロシアをやっつけたと思い込もうとした誇大妄想を引きずって太平洋戦争に突っ走って行ったらしいのです。

「戦友」は戦争の悲惨さを歌い上げてしまっていたので、太平洋戦争時代には歌うことを禁じられていたらしいのです。木下恵介監督の「陸軍」という映画は、あんまりにも女々しい映画だと、軍部の怒りに遭ったらしいですね?観たことありますか?

http://www.youtube.com/watch?v=oo-N9t9VvVo&NR=1

ぼくの父親が亡くなったあとも、母は戦友会の集まりに参加していましたが、この「戦友」という歌は毎年歌っていたそうです。
 

「船頭小唄」

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 8月27日(木)06時35分15秒
  大正演歌の代表的な「船頭小唄」は中山晋平と野口雨情のコンビの作品ですね。
ちょうど関東大震災の直前にヒットした亡国的な唄なのでした。
♪ おれは河原の枯れすすき
  同じお前も枯れすすき
  どうせ二人はこの世では
  花の咲かない枯れすすき

そうです、あなたも所詮<花の咲かない枯れすすき>なのですね?
え?オレは違う!花も実もある前途有望な青年であるぞ!というセリフを吐ける御仁は羨ましい
かぎりです。

先月に開かれた郡山駅前広場での「パナソニック裁判集会」で、ぼくはこの「船頭小唄」をやりました。本当は「影を慕いて」を予定していたのですが、イベントの趣旨には「船頭小唄」の方が
少しは近い曲目かもしれないと勝手に判断したのでした。

http://www.youtube.com/watch?v=CVwG3MAS8CE&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=u-_CSIYC1f4&feature=related

「影を慕いて」の弾き語り=ルナ・ケンゾー、初めて聴きました。
 

挽歌あるいは鎮魂歌

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 8月25日(火)06時56分41秒
  ♪山が泣く 風が泣く
 少し遅れて 雪が泣く
 女 いつ泣く 火影が揺れて
 白い身体(からだ)がとける頃
 もしも私が死んだなら 胸の乳房をつき破り
 赤い蛍が 翔ぶでしょう
 ホーホー 蛍 翔んで行け
 恋しい男の胸へ行け
 ホーホー 蛍 翔んで行け
 怨みを忘れて 燃えて行け

この歌は森進一の「北の蛍」です。↓

http://www.youtube.com/watch?v=cVNiDKVTLrA&NR=1

挽歌には、刑死、自殺、行き倒れ、情死、変死などそのほとんどが、与えられた生を全うしないままに死んでいった者を歌っています。たぶん戦死者もそうですね?

昨今、この異常死の数は急増してはいるのですが、ぼくらの側には挽歌という名の鎮魂の表現力というのが希薄になっているような気がします。今の生き方そのものがドライになっている分、その表現も自然と乾き切った味気ないものになってしまっているように思うのはぼくだけなのでしょうか? 喜びなり悲しみなりに、もっと随喜の涙を流したいものですね?
 

<愛国心>について

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年 8月24日(月)03時00分10秒
  数ヶ月前に、中国の民族楽器、笛子やフルス、口琴などを買い求めていじっていました。
フルスは雲南省タイ族、口琴ホホはイ族という少数民族の楽器らしいのです。
そんなこともあって、雲南省を題材にした映画も観たりしていたのです。

今回「日本・神話と歌の国家」という本を図書館から借りて読み始めたのは、雲南省少数民族文化について頁が割かれていたからです。日本の国文学や民俗学は時代的制約もあったためか、国境の内側に籠もる性格があったので、ほとんど外側からの視点から日本古代文化を捉えることができないでいたらしいのです。

日本人であるということはどういうことか?というアイデンティティーの問題について、等身大の自画像(日本像)を構築する必要があるらしいのです。
誇大妄想的「古事記」把握は江戸時代の「国学」(本居宣長)の中で定着してしまい、現在に至っているらしいのです。故に天皇制が明治以後の軍国主義天皇制ファシズムにどうして転換してしまったのか?ということを自覚できないままでの左右両陣営の天皇制論議も、袋小路から一歩も出れないでいるのが現状であるらしいのです。なるほど、自分にも思い当たるふしがあるかも?

愛国心について、ぼくは素直にはあると言うには(あることは、あるかもしれないけれど)どこかで躊躇してしまうし、・・・それは過去における侵略国家としての排外主義や差別主義が頭にあることや、国民に向けられる国家の暴力に怯える自分がいるからだと思うのです。
<愛国心はもちろんある>と言える人もいるでしょう。「皇国史観」または「大東亜共栄圏」という誇大妄想を抱いたままでいる人もいるかもしれません。
ま、どちらにしても旧来の土俵から抜け出す作業を模索して行かないと、日本の将来に望みはないようです。
 

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