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戦死者を追悼する時の言葉に<勇戦敢闘して戦死したあなたがたの尊い犠牲のおかげで、今日の経済的発展と日本の国際的地位向上がもたされている>というフレーズをよく耳にします。これにはぼくもどこか腑に落ちない違和感をおぼえてはいたのですが、うまく整理ができてはいなかったのです。
いま、「鎮魂(たましずめ)への道」(BC級戦犯が問い続ける戦争):飯田進著を読んでいるのですが、この中に↑のぼくの疑問を晴らすようなことが書きとめられていたのです。
著者の飯田は↑のフレーズには二つの事実誤認があると指摘しております。
一つは「勇戦敢闘して戦場にたおれた」という事実誤認・・・それは虫けらよりも惨めに死んでいった多く兵隊を、あたかも戦死者として美化して、彼らの無念さを伝えることにはならない誤魔化しである。
二つめは「あなたがたの尊い犠牲のおかげで、今日の経済的発展がある」との事実誤認。
この日本の経済復興は、冷戦の激化による朝鮮戦争とベトナム戦争を引き金として行なわれたので、兵士たちの死とは繋がらない。
↑の二つめはぼくも同じく思ってはおりました。でもここからの著者の論理展開が面白いのです。
「戦争に負けたおかげで経済的発展があったと言うなら、負けた方がよかった、負けるために兵士は戦い野垂れ死にをしたということになり、負けたことの責任、無謀な作戦指導の責任は、誰も
負わなくてよろしい、万事めでたしということになり、それこそ<英霊>を冒瀆するものではないのか?」
ぼくが以前「海ゆかば」を戦後、鎮魂歌として歌うことは戦死者を二度殺すこと、あるいは英霊を再生産していくことに繋がるのではないのか?ということと、飯田進の「<英霊>を冒瀆するのではないのか?」とはかなり近いとは思うのであります。
以上のようなことを踏まえたうえで、どう「海ゆかば」を演奏していくかがぼくの課題でもあるのです。
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