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「続・拝啓天皇陛下様」

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年12月 3日(木)07時20分1秒
  「拝啓天皇陛下様」も観たけど、「続・・・」の方がぼくにとっては面白かったです。
もちろん主演はどちらも渥美清です。所謂<チャンコロ夫婦>を演じた小沢昭一と南田洋子の演技が光っていたように思いました。

無学の善助(主人公)に字を教えていた女先生を、お慕いしていた挙句先生に抱きついてしまい、
婦女暴行未遂で少年院送り。出所してありついた仕事が汲み取り屋。
ぼくが子供のころ我が家にも、汲み取り屋さんが来てくれて、汲み取り代金を汲み取り屋さんが我が家に払っていたのです。そのうち立場が逆転して我が家が支払うようになったように思います。
需要と供給の関係なのでしょうね?それからしばらくして町のバキュームカーが来るようになったのですが、我が家の便所にはホースが届かなかったので、届く所まで大きなバケツに汲んで置かねばならなかったのです。ぼくが中学から高校までは、その汲み取り作業を体験しておりました。
みなさんは、汲み取り体験ございますか?
 

「続・拝啓天皇陛下様」

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年12月 3日(木)07時19分4秒
  「拝啓天皇陛下様」も観たけど、「続・・・」の方がぼくにとっては面白かったです。
もちろん主演はどちらも渥美清です。所謂<チャンコロ夫婦>を演じた小沢昭一と南田洋子の演技が光っていたように思いました。

無学の善助(主人公)に字を教えていた女先生を、お慕いしていた挙句先生に抱きついてしまい、
婦女暴行未遂で少年院送り。出所してありついた仕事が汲み取り屋。
ぼくが子供のころ我が家にも、汲み取り屋さんが来てくれて、汲み取り代金を汲み取り屋さんが我が家に払っていたのです。そのうち立場が逆転して我が家が支払うようになったように思います。
需要と供給の関係なのでしょうね?それからしばらくして町のバキュームカーが来るようになったのですが、我が家の便所にはホースが届かなかったので、届く所まで大きなバケツに汲んで置かねばならなかったのです。ぼくが中学から高校までは、その汲み取り作業を体験しておりました。
みなさんは、汲み取り体験ございますか?
 

芝居「南の島に雪が降る」

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年12月 2日(水)03時07分29秒
  1962年東京宝塚劇場での「森繁劇団」旗揚げ公演<南の島に雪が降る>の舞台に立った渥美清は、凄まじいまでの演技を多くの観客や同業者に見せつけたそうです。
座長の森繁談<この芝居には劇中劇があり、『一本刀土俵入り』でお蔦をやり、万座を圧倒したのは渥美清である。・・・渥美は毎日シャカリキで、白く塗った戦場の女形に懸命だった。>
小沢昭一談<それはもう凄かったですよ。とにかく、あの人が脇に回ったら、本当に誰も敵わないですよ。ぼくなんかから見ると、そういう渥美さんの斬り込んでくる捨て身の技に狂気が走っていて、それでいておかしいんですよ。>

芸人渥美清の話は脇に置くとして、原作の「南の島に・・」でも女形は圧倒的な人気を博したらしいです。女一人いない軍隊なのでなお更だったのかもしれませんが、女形志願が沢山出てきて、座長の加東大介も困ってしまったらしいのです。

そういえば、「コンポステラ」の準構成員でもある吉野繁(as)くんは、<チンドン界の玉三郎><女形チンドン>というキャッチフレーズで「ちんどん<よしの>」の親方として営業しているらしいのです。歌舞伎や宝塚などでも所謂<異性装>を基本とする芸能は、日本のお家芸でもあるのですね?ま、タイを始め南アジアでもその流れはあるみたいですね?文明開化により、キリスト教文化の影響で明治以降、そういう態をしているのを「変態」と規定してきているわけですけど、
そんなことはお構いなしに、いまでも傾く(歌舞く)文化は花盛りですね?
文化祭での仮想行列や会社の忘年会での女装姿にキャーキャーはしゃいでいる女の子からおっさんまで、楽しいかぎりです。貴方も傾いて(女装)してみませんか?
 

稲葉様

 投稿者:mori  投稿日:2009年12月 1日(火)06時16分17秒
  お言葉いたみいります。
稲葉さんのお気持ちはきっと届くと思います。
あとは、いい作品に仕上がることを祈るのみであります。
 

映画製作と上映の悩み事?

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年12月 1日(火)05時34分54秒
  映画のエキストラ不足、解消できたのでしょうか?
大友くんのお願いをmoriくんが仲介し、そしてまたその原作がぼくの故郷三春町が生んだ著名な小説家なのに、なんの力にもなれないぼくは、なんだか居た堪れない思いがしております。スマンノー!
少なくとも、自分の一番上の千葉に住んでいる姉にはこの映画のことを宣伝しておりました。そのぼくの姉は大いなるスピーカーですので、映画観客動員の少なからずのお役には立てられるかもしれません。・・・

あとは、いい作品に仕上がることを祈るのみであります。
 

【緊急】大友良英さんよりお願いです!!!

 投稿者:mori  投稿日:2009年11月29日(日)16時05分48秒
  大友さんが音楽監督をご担当されている、映画のロケが福島で行われてます。
天候的な理由で、エキストラが足りないそうです。
以下詳細は、大友さんの日記をご覧ください。

http://d.hatena.ne.jp/otomojamjam/
 

映画「ワンダフルライフ」

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年11月27日(金)06時53分41秒
  昨日、映画「ワンダフルライフ」を観ました。あんまりドラマ仕立てになっていないので、よくは分からなかった感じがしないでもない映画なのでした。要は「人にとって思い出とはなにか?」がテーマなのかもしれません。くわしくは↓

http://www.kore-eda.com/w-life/

ぼくが何故この映画に興味をもったかといえば、最近老人ホームでの慰問演奏を月に2、3度やっていて思うところがあったからなのです。ぼくの演奏を聴いてくれる人たちは大体80歳代から90歳代ぐらいのおばぁちゃんやおじいちゃんたちなのです。失礼な言い方ですが、片足半分棺桶に
跨っているひとたちが、自分が生きてきた人生の慈しむべき大切な思い出を蘇えさせる一つの誘導水として、自分の演奏が役に立てればという思いでぼくは演奏しているのであります。

そこでの醍醐味は選曲なのですね?次に歌心ある演奏?次にお客とのコミュニケーション(演奏しながらの)・・・お客の反応は手に取るようにわかります。

ほんの数分のひと時、それらの人々のそれぞれの記憶を呼び覚まし思い出として蘇える生きとした瞬間を誘導できるかもしれないとすれば、これに罪悪感を感じる人はいるのでしょうか?
いやこれこそ、いままで自分が生きてきたそれこそ罪ほろぼしの役には立てそうなのかもしれませんね?
 

「ドクトル梅津バンド」

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年11月26日(木)05時40分7秒
  マイミク仙台のつかぽんさんの日記に、<最近部屋を整理整頓していたら、一枚のポスターが出てきたらしいのです。そのポスターは1983年10月仙台での「ドクトル梅津バンド」コンサートのそれなのでした。主催はつかぽんさんと今は亡き安斎久さんだったらしいのです。
そしてちょうどその年に二人は目出度く結婚をして、それぞれの新妻に受付の任務を頼んだそうなのです。そして前座にはその安斎さんのベースに高木元輝のソプラノサックスが受け持ったということらしいのです。>その一枚のポスターの再発見によって、つかぽんさんは20数年前の記憶に呼び戻され、思い出を慈しみながら日記を綴っていたのだろうか?とぼくは深読みしてコメントを書き綴ったのであります。

そのポスターは写真でもアップされていたのでした。う〜んこれには見覚えがある。確かに。
因みに、郡山でも「ドクトル梅津バンド」を主催しておりますが、もしかすると仙台の時の流れで
同じ1983年10月だったのかもしれませんね?確かな記憶がないのであります。
郡山での前座は「夢の遊乱船」なのでした。
この時歌った「遊乱船のテーマ」(バンマスキヨ爺作)は忘れられません。
♪ユメ・・・ユメ・・・ユーユーユーユーU乱船だよ・・・ユメ
確かこんな歌だったかな?

この「ドクトル梅津バンド」の登場で梅津和時は、サックスの諸先輩たちを追い抜き第一線に踊りでてきたのでありますね?そしてそのまま今にまでトップランナーとして走り続けているのであります。還暦梅津に乾杯!・・・あ、忘れてた・・・ぼくの二人の師匠・・・還暦庄田、還暦キヨ爺に乾杯!
 

哀愁のStreetSaxophonist

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年11月23日(月)03時50分45秒
  「高円寺グッドマン」での吉野くんのサックスを聴いて思ったのは、彼が泣き節が好きだということです。彼が小学生の頃聴いたという奥村チヨの歌のメロディーを奏でながらじょじょにブローして行き絶叫型の演奏に突入して行くスタイルは、ぼくに似ていると思いました。仲間がいて嬉しいかぎりです。↓にも同じような仲間がおりました。ぼくの近未来の姿かもしれません。

http://www.youtube.com/watch?v=dS6W62YW_5s&feature=related
 

「池内文平」

 投稿者:稲葉小僧夢乃助  投稿日:2009年11月22日(日)06時43分1秒
  この池内文平なる人物とぼくは面識は多分ありません。
最近、O・Sのマスターの話によると、「池内文平」なる人物はマスターの大学時代の同級生であることが判明したらしいのです。その「池内文平」なる人物は、反権力的テント劇団の「風の旅団」の中心的人物の一人であり現在「独火星」という劇団を主宰しているらしいのです。

ぼくがちょいと通ったH大学や韓国演劇に興味があることに、鋭く関わった人物なのでもあります。その上ぼくの身近なミュージシャンの多くが、「池内文平」と多かれ少なかれ関わっていたことに、あらためて思うところもあり、カキコしてみた次第なのです。
先日カキコしたキノキュッへの佐々木健や、大熊くん、吉野くん、などさまざま。

http://www.minimal-global.net/united_ob/2006/06/post_9.html

O・Sマスターの、池内文平との関わりについて一言、なにかききたいのですが?
どんな事情で、同級生なることが判明したか?についてなど・・・
 

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